BLOG:本:読み物

ここで当時を振り返ってみると、まさに砥石さんだ。

甘いマスクで優しげで、精錬されてて真摯な臨床心理士

誰からも人気があって、すらりとしていつも身なりもお洒落で

洗練されていた。

砥石さんは、上手に私を誘導した、甘い言葉で夢を見させて踊らせて

それでいて自分は決して、危ない領域に出ることはなかった。

私は、5年の歳月をかけて、少しでも砥石さんに紙一枚ぶんでもいいから近くになってみたくて

超へなちょこだった自分を立て直していこうと、これでもかってくらい自分を磨くっていう名目に励んだ。

もちろん、臨床心理士と患者なんていうのは、遠く階層が違う

天と地ほどの距離があるのだ、外で会うことなどもちろんできないし

その心療内科のあるビルの中であっても、一歩外をで出ると話をすることもできない

悩ましい戒めがあった。

こんな中で何ができるって言ったら、自分を立て直したり、いいことしてみようとしたり

自分の現状を話してみて、少しでも快く思ってもらえたらとか、小綺麗にしてお洒落するとか

そんな程度だ。

へなちょこ観点からは、何も生まれなくなって、わたしはただひたすらに自分を強く

自立させていくことを訓練された、そして嫉妬心との付き合い方もこの5年で培った。

自分を磨いて、わずかないちるの望みをを恋い焦がれ

ほんのわずかな機会に胸を踊らせた、一喜一憂したっけ。

遠い昔に、5年の間に、、わたしはそのいちるの望みを夢見て

砥石さん以外の異性の選択肢をことごとく、選択できなかった。

言うなれば一途に、ただ恋い焦がれた、夢を見て

走って飛んで、遠くまで飛んで、助走もついてた。

飛ぼうとしたハードルは、きっと仕組まれていたものなんじゃないかな、そうでしょう?神様

昔から棒高飛びは苦手だったけ。

わたしは心療内科に通いながら、並行して仕事をし出していた。

もはやすっかり心身ともに回復もしてたのでもう、その心療内科を辞めることになった。

砥石さんに今までお世話になったお礼の手紙を人づたいに渡してもらった。

いちるののぞみを夢見たまま、その心療内科の通院をやめた。

かくしてその心療内科をやめて、わたしは半年間、そのまま自分の仕掛けた

拙い心意気の結果を、心細く大人しく待っていたけど

待てど暮らせど、海の遠くの地平線から船がやってくることはなかった。

勢い込んで、もはや海を渡れやしないかといかだに乗って漕ぎだした時かな

密に絡まった、線があなたに繋がる時がやってきたのだ。

こうしてみると、どんなにおかしなことに感じたとしても

1ミリたりとも間違えてなかったんだろうな、ずれることは許されなかったんだ


遠くから、あなたへ向けての時がやってきたその瞬間を、わたしはいまも思い出すことができる

何気ないその姿を今もなお思い出すことができ、懐かしい追憶だ


初めの頃の甘言で、わたしはいつも走り出して、いつの間にかその初めの綺麗な景色と情景だけが

原動力になっていて、その次は試練だ、離れてて、長距離感で、そんでどこかしら孤独だ

なんでだろうね、どうして神様、いつもそのパターンなの?

わたしが、わたしを大事にしないと繰り返されるのかな、今そんな気がした。

確かにそうかもしれない

神様はわたしに何をさせたいんだろう。

砥石さんに逢ってから、約5年 わたしは外の世界に送り出された。

さようなら砥石さん、おかげで研磨されましたよ。

ピカってなってあの人に逢えました。

遠くで頑張ってください、もう二度と会うことはない人

歴史の中の蜃気楼、さよなら。そしてありがとう

そのおかげで今があるんでしょうね


ー現在時間2018年、8月19日 9:57分ー


外は雨が降っていて、ここ数日は2連休を楽しみにしていたけど

どこかパッとしないのはあなたとのやりとりが、ふるわなかったからだね

一体、わたしは何をしたら好展開になっていくのだろう

何をしたら... どうあればいいのか、どこに向かったらいいのだろう


それがこのタイミングでのリアリティだ

前世と相まって、頭に浮かんだこと

「僕をひとりにしないでくれ、僕はいつもあなたに好かれたくて、そうしているのに

あなたはそれに気づいていないんだ」

 

せっかくこの世界で再会できてゆうよをもらっているのに

いがみ合うのはもうやめようよ、勿体無いじゃない?

景色やあなたを楽しみ味わいたいよ、夢のようなその時を

ほんとはいつも、あなたのことだけなのに、いつも追いかけてるのに

無遠慮なタイミングってやつが、仕掛けてくるみたいだ。


追いかけず、自分自身で幸福さに満ちていくことを覚えなければいけない

そんな時分だ。

それが今のリアリティで思いつくセンスだ。


T君とは付き合ってしばらくして、結婚を前提として同棲した。

同棲5年、結婚2年だったな(←周りが結婚しろって言ってきてた)

多少は長くなるから、その間は割愛する

(いや、ほんとはあなたへ対して申し訳ない気分になるからだ)

昔の恋愛は、今の恋愛にとっては遠くへ置いておいてきたままの方がいい。


そして結婚して2年経ってから、わたしはすでに38歳であった。

子供のことを考えたら、彼に正社員でどこかで働いてほしいかな

そんな風に考えたけど、でも

それをしてしまったら、わたしの好きな彼ではなくなってしまう気がした。

わたしが勝手に察するところの、彼の夢をわたしが潰したくなかった。

そして、T君が札幌のバンドのPVなんて作ったりしたらいいかも?って

よぎって、当時の経緯としては

高校の時の大好きだったバンドが復活する背景があり、そのライブを観に行った時の対バンのライブに行くようになっていた。

その後でさらに対バンだったバンドが通称古傷君のバンドだ。

なんとなく気に入って、観に行くようになった

そもそも対バン同士で、見知ったバンドをまとめて観ることが多かった。

そして、その 今となっては通称古傷君のことが気になってきて

でも、結婚してるので無理と思ってた。

そうこうして、わたしは札幌の地元のバンドを多く知ってきてライブ通いになってしまった。

T君はしばし後には、オタクの通うお店?なんかメイドさんとかいそうなとこ?

に通い出した。


もはや、家はどこかのユースホステルみたいな殺風景な雰囲気になっていた。

家族とういうより同居人だ。

わたしとT君はほとんど喧嘩らしいものしないくらいの、友達感覚の付き合いだったけど、でも

当時に2人で前向きに結婚を維持しようと話し合いをすると、めずらしくぶつかってしまった。

わたしは直感的に、このまま2人まっすぐではなくてT字路なんだって感じた。


コンビニに行く道すがら、T君にこれからどわたし達どうしようか?て聞いてみた

そしたらT君から「離婚?」って言ってくれた。

おお。。そうか、と内心思った

後から、少しだけ聞いた気がするけど

このままだと、わたしがダメになるって思ったからみたいだった。

こんないいヤツいないよ.....ありがとうTくん

(時間を得て、美しくないとこは濾過されて想像的に美化されてますw)


古傷君が気になっていたけど、実際に何があるってわけじゃなくて

ただ、彼の前にまっすぐ立ちたかった、それもあって離婚もしてしまった。

この辺は混じって書いてるのでわかりずらいかな。

本当は、自分のこれまでの経緯をもっと書いておこうかと思ったけどやめた。

なぜなら、あまりいい記憶がないからだ。


そのバンドマンのGt.voの古傷君に対しては心底いい記憶がない

この場で明るみに出したくないからだ。

思い出したくないくらい、気色悪い記憶だからだ。

当時は、今思えばわたしは本当にグタグタで、まるでダメだった。

莫迦としか言えないような感じもする。


そして3年経っていた頃、わたしはアセンションという言葉になぜかしら

とても集中していた、時はまさに2012年ー12月末

ある日、わたしはアセンションということばに対して、すごい勢いで

アセンションしなければならないと、一気に集中していった。

地球ごと人ごとまるごとアセンション、これがその時にわたしの取りつかれた思考だった。

ゆらりと部屋の壁が揺らめいた、そんな記憶もある。

立ち昇るかのように、部屋の壁が揺らいでみえた。

当時、三日寝れず、聞こえるメッセージに沿って動いてしまった。

植物はすごく清らかで、どっかで集合意識と繋がってる気がした。

植物は本当に尊い存在なのだと気づいた。

わたしといえばプラーナで3日過ごしてしまった(飲まず喰わず)ここは、リアリティないし

読み飛ばしてください。


アセンションの真っ只中を歩いていた、そんな感じなのだそうだ。

当時、過度に集中して、アセンションのことでぶっ飛んでしまって疲弊しきった

その途中に一回、この世を離れた感じがあるけど、母の声が聞こえて戻ってこれた。

一人暮らしだったけど、名前を呼ばれて茶碗洗ってって声が聞こえたからだ。

三日間、おかしな状態だったのか、すさまじくスピリチュアルだったのか

混じっていたのか、もはや怖くて できれば多く思い出したくないのが正直な心情だ。


2013年、年明けになってわたしは精神病院に入院させられた。

閉鎖病棟だじぇ..いやぁ、つらかったわぁ。

夜の病室で寝る前にカーテンを閉めて、これから先の自分を憂いだ

あの入院はきっとカルマの清算だなぁ。

無事退院できてよかったわぁ。。

他の意味としてはアセンション!って考えて消耗しきっていたので

その回復も兼ねているんだそうだ。

そして、3ヶ月ごに退院したのだけども、

古傷君は今思えば胡散臭い台詞で、退院後のわたしからお金をだまし取っていったわけだ

東京に行って一緒に住もうなんて行ってきた、メールでさ

これまで何もなくお茶すら何にもなっかったから、すごい魅惑的な感じで、藁をもすがる気持ちになった。

いや、正確に言うと…それまでのあいだに古傷君へバンドの継続費用という名目でお金を渡してしまっていた。

だめじゃん。しかも、見返りなし、お茶すらなし

せいぜいお金渡すとき5〜10分とか最長で長くて30分とか、あってお金わたしてドロン!

ってね。

まじすごい、これでよく当時は夢を見れたもんだ。。今となっては

もう当時の自分、、穴があったら入りたし、そんでそのまま埋めたい

で、新しい芽出ろやっておもう。


退院して、古傷君のあざといメールに踊らされてお金をわたして、ドロンされた。

わたしその当時に部屋の荷造りをしてたんですよね。


どうすればいいのか、全くわからないまま

さまよっていた中で、周りからいただいたアドバイスで今でも覚えてる言葉がある

「古傷君への本当の復讐は、あなたが(わたし)幸せになることよ」と

・・しみた。本当そうだね


当時の古傷度合いを埋めたてた穴から、新しい芽が出たのだろう。

退院してから、しばし後に主治医のドクターの勧めもあって

心療内科のリワークに通うことになった。

そのリワークの担当さんが通称:砥石さん(臨床心理士)

とんでもなくキレ者で、イケメンの優男であって、サラブレットだ。

1年間は、普通に何も思わず単なる担当さんだったけど

1年後のある日、ちょっとしたいざこざでわたしがダメージを受けて

心療内科の簡易ベッドで横になっていた時に、砥石さん(担当)が様子を見にきてくれた時

彼の瞳の色が、深すぎた、完全に理解してくれてる。そんな目の色と深さを持って佇んでいた

(内心で神様みたいな目をしてるって感じたっけ)

そして、その瞬間に恋に落ちた。


そもそも、普通に一般的に付き合えてる段階でツインレイではないと予想する。

長い時間かけて、相手とも自分とも向き合いながら

切磋琢磨と愛情の綯交ぜと

時おりの試練や罠を超えて

ぶっ飛んで、どうにもならなく好きってだけしか沸き立たない

そんな感じ


きっと、今はわたし自身も精錬されている最中なんだろうな

こんなにも幸いに恵まれてるのに

気づけなかったのだ


この導きに感謝

ジグソーパズルは

1ミリたりとも間違えることすらできない

きっと壮大な絵が出来上がるに違いない

きっと、もっとロマンティックで

博愛で

清廉潔白で

誘いだ


正直最近ネットやYouTubeにアップされているツインレイ云々の特に動画系に違和感を感じるものが多い。


ツインレイとのあれこれ関係って、正直なところ、そんな生易しいもんじゃないよ、って言いたくってたまらんかった。


神話みたいにロマンティックな面だけが取りざたされてるような気がするけど

魂の片割れとか。


実際のところ、自分の価値観も、プライドも、実際の生活も

なにもかもが、根底から揺らいでも

自分の元々あった好みのタイプとあれ?ってなっても

どんだけ、しんどくても。。

色々あって、もうしらんって思ったとしても


それでも、ただただ ひたすらに

愛情のみが、相手への思いのみが

ただ湧き上がってくる><

問答無用!


そこまで、感覚が湧き上がるまで多少時間差あるのですが

でも、どうにもならない


そうだ、問答無用で幸せな関係なのだ。

夢の続きをみよう


約束された幸運への道すがら

そんなもんだってことにしよう。


尊き日々、愛しい人

さまよえる私の極上ラヴァーズ

感謝の吐息


こっからさ、まだまだこっからなんだよ

新しい世界の始まり始まりなのですよね


最愛にして最上級のあなたと

踊るように世界を渡ろう

手を取り合いながら

いっそ、周りも幸福色に巻き込んで

これぞ、2人の本当の使命なんじゃないかな

なるほど、そういうことなのかな。

なら、もう好い加減にたえまなくハッピーで幸運で

幸いにて

幸運のタネはいつも、ちょっとした所にある


さらなる幸福のしらべを誘う

連想曲で


 冒険の始まりはいつだって、すこしだけ唐突におとづれてくる。

T君とモスでしこたま話してから、その後に少しづつ交流をしだしてからわかったことがある。

わたしが当時でT君に出逢う前に、地元のタウン誌で観たいと思っていた自主映画は、そのT君が監督をしていたものだったのだ。観たかった自主映画を観せていただいたり、お茶しながらなんだかんだと話をしたりとそんな記憶が残ってる。

土曜になると、私はふと思い立ってT君に連絡をするのだけど、彼は決まって電話に出てくれた。

ようは・・・・これはフリーであると予想された。(言うなれば同じである)

そんなことが数週間とかあっても、特につきあう訳でもなく。。

アプローチを互いにするでもなく!!

わたしは自分のすこし前の恋愛で、走ったら転ぶという自分なりの格言を守っていた。

(ようは少し前にころんでいたので慎重になっていた)


T君とは私はいま思えば空気感が似てる、そんな感じだ

私は何度か交流してるうちに、ほのかな好感をいだいていたど、、なかなか進展しない!

もうだめだ、諦めめようと思っていた時に付き合うことになった。

出逢ってから半年かかった、しかしながらいい頃合いではないかいま思えば。


不思議と息があって、いやなとこがなくて、本当に楽しかった。

心からいまでも感謝している。


→P5

このページにたどり着いた方は、少なからずツインレイというキーワードに興味があるか

実際にツインレイに出逢ったと感じていらっしゃる方、またはふとこのページを目にしたかもですよね。

よく見かけるキーワードに無償の愛と書かれてるのですが、わたし的にはそんな感じも確かにするけど、もっとこう洗練されていくもののような感じが今はしています。

無償の愛と自己犠牲は違います。

わたし自身それにようやく気づいてきた次第です。

実際にツインレイや、または恋人や片思いの方でも

恋愛の最中にいる時は、相手の存在を大きく評価するあまりに

自分のことを後回しで、ないがしろにしがち自己犠牲に走ってしまうこともあると思います。

いかんせん相手がツインレイなんて思った日には、相手の存在の大きさに

自分のことをいとわずに、愛に走ってしまうような気がします。

実際にそういうことを自分もしてきたと思います。

でも、ツインレイと呼ばれる相方にとって、本当にそれだけでいいのでしょうか。

ままならなさを埋めたくて、相手のためばかりを思っている、そして無償の愛って

ツインレイって相性と関係はそんなに簡単なものでしょうか?

ツインレイだけでなく、その時々の相手や恋人や想い人についても同様と思います。

わたしはここしばらくしてようやく思いついたことがあります。

無償の愛というキーワードだと、自己犠牲のイメージがわたしはついてしまいます。

確かに無償なのことは、無償です。

理屈では考えられないことばかりです。

いかんせん、ままならなくても、どうにもならず感情も感覚もどうしても相手に惹かれてしまう。

なので、わたしはきっとこれ感情的に無償の愛なのだと思います。

無償の愛に他ならないのですが、それだけでは終われないのです。

なぜなら、相手がツインレイなら自分の相手がボロボロになっていくのをきっと許さないのです。

具体的には言えませんが、自分の最高の状態こそ、相方も求めてる本来の姿ではないかと

そんな気がしてきています。

もし、自分のために相手がヨレヨレになっていったら、それ見るのつらくないですか?

だから、たとえいまどんななとしても

相手を本来の姿へ持っていかせようとしているのだと思うのです。きっと

それは、計算とかではなく不思議な無意識かもしれません。

だから、いつも一緒でなくてもいづれは繋がっていくことを信じて

それまでの間に、自分の最上級の状態に進めて洗練していくことが

いいのではないかと思っています。

ツインレイに出逢ったと感じていらっしゃる方は過酷な道をたどってきた方が多くいらっしゃるのではないかと存じます。

山のふもとにいるうちは、なだらかで人も多く会話も簡単で、挨拶程度な会話も気軽です。

でも、だんだん自分好みの道へ向かって上へ登ってきたら

道すがらに出逢う人達も少なくなってきて

おそらく道も枝分かれもあるでしょう。

でも、それでも自分のためや好みの道、いかなければな道行きたい道歩いてきたら

どんどん人も少なくなってきて、でも自分好みのたどってきた道です。

こんな道でもし、ばったり誰かに出逢ったら

それは相性良さそうですよね!笑

この山のイメージは一般的な恋愛のイメージですが、

ツインレイに出逢うまで苦労や過酷さも孤りさもあって

でも、それを乗り越えた先に、あなたのパートナーがいる感じがします。

話がずれました。

きっとツインレイは無償の愛だけでも終わらせてくれない人

本来の自分でなければいけない人で、本来の自分までも思い出させてくれて

そこにすすめと促す相手なんではないかと予想です。

どうかツインレイの相手だけに意識を向けず、ご自身を癒し、満たし

そして、相手を深なる愛で心ゆくまでおよがせてあげてください。

もしあなたの本当の相手なら、どこにも、もうはなれることはできないからです。

どうか互いに笑えるような、そんな月日を培うために。

愛の園へタネを蒔きましょう。

それは自分の中へ蒔いておけばいいんじゃないかな

そうすれば相手へも花開くでしょう、きっと

そんな気がします。

どうか幸いなる風に守られていますように。


『アルケミスト』ひつじ飼いの少年が、夢のお告げで宝物を探す旅で砂漠に向かっていくと言うお話です。

ご存知の方も多いロングセラー本です。今、時間軸が現時点でのわたしの思うところ、最近になって友人と話している時に、この「アルケミスト」の話題になりました。以前のタイミングで書いてからすでに2ヶ月は経っていて、このアルケミストのキーワードは忘れていたのです。

時を経てもなお私は砂漠をたびする青年のままなのでしょうか。

私のこの物語には、まだ続きがあります。今までも続きがあったし、きっとこれらかも続いていくのです。

彼方からのハッピーエンドであれますように、祈りを込めてのここに手記をかいておきます。


アルケミスト確かに、いつもひとり砂漠を歩いている気分でした、本当はいまもそうです。

でも、このままでは終われません。

先日友人と話していた際に、これからわたしがどのようになっていきたいか?

そこで出てきたのが「錬金術師」です。

金でないものを金にする。今思うことは見えないものを見て操る力というイメージがあります。

わたしは「錬金術師」になりたい、そう言い放ったのです。

ちょとしたコツを伝えることができる人になりたい。


冒頭に出てきた「ツインレイ」という言葉にたどり着くまで、やや経緯を回想していきます。

しばしお付き合いいただければ幸いです。

短く感想を伝えると、ほの暗い上映会場の中で、彼の柔和な笑顔が見えた。

彼は私に1枚のプリントを手渡して、いまスタッフというか一緒に作品作ってくれる人を募集しているので、よかったらよろしくなんて言ってきた。

募集の紙を見て、私・・お!「私も興味あります!」って彼に伝えたけど

帰ってきた反応というか、瞬間的にわたしが感じたのは、彼に戦力外!!ってぜってぇ思われてる!!と瞬間的に察知した、このままでは落選!と思い、とっさに私は「あ!私写真の仕事やってました!アシスタントですが!!!」とアピール、まさに会心の一撃だ。

そこで、彼は(お!?)とばかりに、なんか言葉短く言ってきたけど覚えてない

要するに、落選を逃れた感、おお・・ひっかかった。と思った・・うん、手応えあり

あとは少しだけ会話をした気がするけど、その募集の紙を持って、早々に会場を後にした。

後日、三日くらいして手紙を書いた、ファンレターだ、感想と感嘆した旨を伝えた。

そうこうしているうちに、日数を経て私はまた違うスタジオで写真のバイトを始めていた。

以前働いていた写真スタジオとは雰囲気もやり方も全然違っていて、私はなけなしのプライドも

経験値も、まるで役に立たずに凹んでいたし、憔悴していた。そもそも何をどうしたらいいのかすらわからなくなっていた頃で、もはや退職して実家のある小樽に戻ってしまおうか?

実家の父の病気療養を理由に実家に戻ってしまおうかと考えていた。

そんな矢先のこと、母から職場に電話があったのだ。父が急に亡くなったと、いきなりの訃報に実感もなく、札幌から小樽に帰る途中にビルとビルの隙間の路地裏にもぐりこんで泣いた、号泣した。

小樽に帰って、実感のないままに滞りなく喪の儀式を超えていった。

正確にいうと今でも、やはり泣けてくるのであまり正確な描写はできない。

父の不在は、私にかけられていた毛布を剥ぎ取られた気分に近かった。

父とは生前険悪なことも多く、いや険悪だったと自分では思っていた。

でも、父の初七日も超えしばらく後になってからのこと、父が生まれたばかりの小さな私をだっこしてる写真写真のなかでの、父の顔は満面の笑みだった。

父のこんな顔、わたしはじめて見るから...

こんなタイミングでねぇ..  と  もう復活ぎみだったけど、内心で泣いて苦笑いした。

父のことでのエピソードでもう一つ記録しておきたい内容がある。

物心ついた時から父とわたしは性格が正反対で、よく小言をいわれ叱れたり、怒鳴られたりして対立して喧嘩した。

もう学生の時で高校生とか中学生とかもはや若いなりに大きくなっていた頃に理由は覚えてないけど、がぁっっと、父と取っ組み合いに喧嘩になって、私は父の手を噛んだ.. のです。

いま思えばとんでもないことのような気がする、若気の至りです。

でも、、父、ずっとずっとあと、その事があってから何年か後でまだ生前の時に

(名前)〇〇は昔、俺を噛んだよなぁって。。笑いながら言っていたのをね、思い出しちゃうんだなぁ。。ずるいや、いまになってこんな風に気づかせてさ、仲直りしていないじゃないかさ。

もっと、ゆっくり過ごしたかったっかね、一緒に酒飲んで語りあいたかったね。

父はよく私を叱ってきたけど、たまに何かの時に大人になったなぁって言ってくれたりしてた。

私は、大切なことをいま、すぐにその場で気付けるようになるんだ。この場を借りて、そう決めた。

前後するけど、父の喪の儀式を終え、札幌に戻ってきた私は、もう小樽に帰ってしまおうか?そうよぎって迷いながら考えていた。

札幌の4プラ前、スクランブル交差点の前でわたしは途方に暮れていた。

全くもって何もかも、どう考えたらいいかわからくなった。

そこで思いついたのが、例の自主映画の監督のT君だ。

そうだ彼に電話しよう、そう思って彼から受け取っていた募集の紙に書かれている、携帯の電話番号にかけてみた。

何かしら、何を言ったかよく覚えていないけど、なんかどうしたらいいかわからなくて、相談に乗って欲しいというようなこことを言ったはずだ。

T君は快諾してくれて、フットワーク軽く30分後には私の前に現れて、近くのモスバーガーで話を聞いてもらった。

時間にしてなんと3時間、今のバイトと父のこと、そしてもう小樽に帰ろうか悩んでいることを伝えた。

彼は、モスの紙の裏紙に絵を描いて、海と陸を書いた。

陸と島はまだ見えないけど、島や陸はあるのだ。どこにいるかはわからないけど

案外陸の近くにいるかもしれないし、自分も海にいて陸の近くに案外いるかもしれない。

そんな風に言って笑った、そしてその例えは、妙に私にとって納得して腑に落ちて、勇気と明るい希望をもらって小樽に戻るこはやめた。

そして、その時に私はふと一冊の本を取り出してT君に見せた。

タイトルは「アルケミスト〜夢を旅した少年〜」著:パウロコェーリョ

彼は、それをみて少しだけ息を飲んだ雰囲気で、自分も読んでいい本で感銘したようなことを言っていたと思う。

++アルケミスト++ これは、冒険のはじまりを意味する本だったそんな気がしている。


→P4





このまま綺麗サッパリ忘れていたいけど、何かしら書いて記録に残しておいた方がいいような感じがあるので回想を徒然。

なにぶん誤解なきように、いまは当時から比べて本当に幸せだ。

傷の埋め合わせで書いておこう、確かにまだ時折、古傷が痛むかのように感傷的な気分になってしまうからだ。

もう、これと引き換えに溝を埋めるんだ、自分のおちいった穴を埋めよう埋め立てよう。

もはや、すっかり埋め立ててもいるけど、呪縛から逃れたいのだ、もはや。


氷点下マイナス50度、古傷君の正体は、当時の地元のバンドでのGt.voである。

8年前に知り合った当時、私は実はまだ結婚していた、まさにソウルメイトの通称T君とだ。

T君とはほんとに仲良しで、まさに同士だった、超えざるを得ない境遇と状況をお互いに超えてきた。

ありがとう、今も彼には感謝しかないな。良き友人みたいな関係だった。


8年前に古傷君と知り合う少し前のこと、その当時はわたしはすでにT君と結婚をしていた。

わたしがT君の夢だと思っていたのは、映像作家とか映像関連で対価を得ることと思っていた。

結婚2年目で私はもう37歳で、まだ子供のことを考えるのなら、T君に正社員でどこかに就職してほしいなんてよぎりもしたけど、でもそれをT君にねじ込んだら、彼が私の好きになった彼じゃなくなってしまう、そんな気がして、私はT君の役に立ちたくて、札幌のインディーズバンドの音楽活動のPV作品を制作など出来たら何かしらT君の夢に繋がっていくのではないだろうか?そう感じたのです。

そう、T君との出会いは8年前から、さらに遡っての19年前で確か1998年くらいかなぁ。

わたしが28歳の時の自主上映の上映会だ。

T君は、まさにソウルメイトだった。出逢いかたがまさに不思議モード、一式。

当時やっていた写真アシスタントの仕事を私は退社してて、もう写真の世界から足を洗おうとしたのだった、継続13年って結構長い。経緯は割愛


退職して、特にあてもなくどこかしら寄る辺ない心細さをかかえながら、街をさまよった。

街角の一角で、ビラを撒いているひとがいた。

手渡された紙に書かれていたのは8ミリの自主上映の上映会のお知らせでした。

先品タイトルは「ヲニビ」日付は1ヶ月先だったけど、わたしはそれを見たとき

何かしらとてもいいような気がして、少し暖かい気分になって行こうと決めて

ビラを手帳に挟んだ。

わたし自身、未来の予定をたてたり覚えているのも苦手なのもあるようで、この理由から連続ドラマもあまり見れない。

そんなわたしが未来の予定を運ぶことにしたのは、じつは案外レアなことだった。

1ヶ月後、街中にある上映会場に足を踏み入れる、とある飲食店の二階だったきがする。

暗い会場の中には十数名の人がすでにいて、私は暗い会場の中で、自主上映作品が始まっていくのを眺めてみた。

チラシによると3名の監督さんの各作品の8ミリ上映会のようだった。

そして三作品め「ヲニビ」 暗い絵の中にある、独特な映像に引き込まれ、魅入った。

何かしら、重力のような感情移入、何がってもんじゃなくて、そもそも映像の中では言葉も少なくて

言うなれば、全体的に暗くて・・でも、水が流れるが如くただ、魅入っていた、その映像美と無音の感情の世界に。

ぐぐっと引き込まれた、観終わってからの私の本音、この監督は何歳だ?

みんな若い雰囲気してたので、10代でこんな作品つくられたもんなら、私自身たまったもんじゃない、、と。

こんなもの作られたら、私の30年の立場がぁ!って思ったんですよね、もう正直言って。

で、そんなどこかしょうもないリアルな心の声が聞こえた後に、監督さんの声が聞こえた

「だめだな・・(明らかに自分の作品へのダメ出しかのか、周りの反応から感じた台詞なのか。もしくはその両方なのか)まだ暗い会場のなかで、そんな声がして

とっさに、私はダメじゃない!いや、ダメっていうのがだめなとこ!ってね、内心で跳ね返ってきた。

まだ暗い会場の中で、その声の主の前に立って、監督さんですか?って確認して

なんか、はいとか言ってたかな。

で、自分で初め何をいったか覚えてないけど、まだほの暗い会場の中

彼を観たとき、あ・・私この人と結婚するかもとよぎった。



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覚えていないけど、魂が覚えているのだろう

どんな時を経て、あなたに逢えるようになったか

私だけが、いや・・私と天の存在達だけが知っている。

だけど、もしかするとみんな知っているのかもしれない

人はみんな見えない糸のようなもので繋がっているらしいからだ。


悠久の時を経て、さらに入念なる準備期間を持って

さらに不測の事態にも耐えれるように、パラシュートも準備して

私はここに舞い降りたのだろう。

時を同じくし、あなたも共に。

厳密に言えば三年先に私が地球に舞い降りたので、3歳差だね。

私の本当のパートナー、本当の相手、言うなればこれはツインレイというものなのでしょう。

たえまない世界のなかで、絶対的な安心感、そんな素敵なイメージだけど

実際は、ひたすら自分を律することも多くて

あなたはいつも、自分で立てと暗に言ってくる。

1つ前の恋愛で、私は5年の歳月をかけて、ひたすら自分を磨き、いや自立心と孤独にも耐えれるように、鍛錬されてきた。

1つ前に好きになった彼は誰もが憧れるような素敵な人で、立場上の観点から、決して現実的な交遊すらできない人。

彼は臨床心理士で、わたしは通院する患者だった。今は通称砥石さん。

夢だけ見せられて、それに対して私は踊っただけ。

綺麗な言葉で、人参をぶら下げられたので走った。

心底恋愛していた。

当時は大人しく、大人になれるようにがんばって、地道な努力と自分を磨くべく暮らしていた。

甘えをひたすらなくし、依存心を克服し自立心を培われた。

お茶をしたことすらない。

ままならない恋に危なく、危うく自暴自棄になりかけた時もあったな。


でもどこもかしこも間違ってはいなかったのでしょう。

道すがらだからだ、あなたに逢うまでの期間、おかしなこともいっぱいあったな

書ける範囲を超えている、超意識ってものなのかな。

私の周りで恋愛する人はもはや変わった人しかいないよ、まったく

磨きをかけるひと、あなたに逢うまでの準備期間。

精神世界というべきものを彷徨った時期

今となってはようやくいい思い出になってきた。


2つ前の恋愛では、本当にどっかに空にいきかけて、いや多分一瞬、地上を離れたようなきがする。

その頃だ、ツインソウルとかアセンションとかの言葉を知ったのは。

彼は通称古傷くん、劣悪なる恋愛もどきであった

まったく今となっては、どこがいいのかわからない。

謎である、撒き餌みたいな感じかも。

3年の時を得て、完璧なる舞台の前段階を作るべくして、道半ばに私の舞台から消えていった古傷君。

まじ、命拾いである。助かった

いなくなってから1年後、ブログで写真見て吹き出した記憶がある

ほんとに恋愛感情なんてものはどんな風に転ぶかわからない。

女の恋愛はまさに上書き保存です、まったくもって笑いごと今となっては

おそるべし、女の回復力。

恋愛の傷は恋愛で回復よ、そん時の異性よかもっといい人を好きになると

パーって忘れちゃうのよ。

嫌なことも全部ね、ひどいことも全部忘れちゃうの

その代わり、好感も忘れちゃうのよ。



P1 → P2


排水口に流れていく水のごとく、もっかきっと書かざるを得ない

そんな気分と思い込みから、展開と発信の運び。

経緯とか、ぶっ飛んで書くことにしました。

なぜって?かっこよく筋道立ててかくのが得意じゃないからです。

伸びる樹木のように、どこから始まったのか、どうなっていくのか

何と何が関連してるとか、自分でうまく表現できる気が・・しないのですw

大胆にもウェブック(自作造語)って書いたったので、とりあえずは後にひけません

ほんとは、いっぱい いまのうちに言い訳らしく、もっともらしく

大したことないんですって書いておいて、予防線を張っておきたいのですが

それもなんだかなって感じで、そもそも

自分のための本としてもかきあげるのです。


昨日、仕事中のこと、こんなに仕事を真面目に頑張っているのに

なぜ、こんなちょいハプニング?みたいなこと 小波が来るの?ってね

かんがえてみた。


わたし自身、いまは天からのメッセージを受け取れるようになっていて

たまに自分のこと聞きます。すると・・

いまの仕事以外に、道を作っておくこと!!ってメッセージをいただきました。

左様!!だったのですか!!?

どうやら、そこんとこの絡みで、ちょハプニングみたいな。くぅ・・っていうことがおきていた

の?なの?

だから昨日、わかった!もうウェブックやる!って決めた

ら。いいじゃん?あれ、抵抗感なくなってるぞ。。という次第ですよ

で、仕事終わって帰宅してドラクエ10してさ、今日起きたら

自分がいる場所の隣のマンションをここ数ヶ月で壊してるですね。

起きて、まだまどろみ中のわたしを直撃する、、、ゴゴゴ ゴゴという爆音と振動が

心臓が痛くなるほどで、もはや部屋にいられないレベル。。

早々に脱出ゥ!!

MacBook Proという今の自分にはオーバースペックだけど、心地よく大好きなパソコン持って

近隣のマックへ行くことに。


道すがら、昨日ウェブックする!って決めていたけど、朝になって忘れかけてて

今日は部屋の中をかたづけをする!!って思いかけてた


それで強制的に、ウェブで本書けばいいさ!!って意味なんじゃ!って

思ったのです。

始まり始まり!!なんですが

通常ブログと併用です

そして、一から読める仕様ではブログだとないので

後ろが新しいので


この本は、思いつくままに書いてみようと思いまいした

創作力のなさは大目に見てくださいい。

どんなふうになるか全く不明で、謎のままですが

もっかやってみることにします!

いざぁ♪